1950年代、鉄道の世界で何が起こっていたか…?
RM Re-Library 第20巻「昭和の記憶」では、シリーズでは異例にオールカラーにて1950年代の鉄道の世界を誌上に蘇らせています。昭和30年代とも重なる年代、鉄道がものすごいスピードで進化した劇的な時代でしたが、一方で地方には明治・大正の残り香がまだ感じられたのです。タイムマシンがあるのならぜひ行って見てみたい…そんな世界をご紹介します。

RM Re-Library 第20巻「昭和の記憶」では、シリーズでは異例にオールカラーにて1950年代の鉄道の世界を誌上に蘇らせています。昭和30年代とも重なる年代、鉄道がものすごいスピードで進化した劇的な時代でしたが、一方で地方には明治・大正の残り香がまだ感じられたのです。タイムマシンがあるのならぜひ行って見てみたい…そんな世界をご紹介します。
琴電では1950年代にこんぴらさん参詣のために急行用電車の増備を急ぎました。好評だったこんぴら号につづいてこんぴら2号の製造が計画され、車体がメーカーから搬入されたのですが、実際に走り始めたのは実に5年後…⁉ 一体その間に何があったのでしょうか?
瀧口別冊編集長は今2冊の同時進行中で大忙し…! その合間を縫って出演してくれました。話題は制作中の「スーパーリアル鉄道情景」「鉄道車両ガイド EF57」について。リアルな制作途中の話題もお聞きいただけます!
現在C11形3両体制で運行されている東武鉄道の「SL大樹」。この度、SL・DLそれぞれでバイオ燃料の使用を実験的に開始し、二酸化炭素排出量を減らそうとしています。でも特にSLの場合、石炭に代わるバイオ燃料ってどういうものか想像がつきませんよね? ちょっとそのあたりを語っております!
ご存じ飯田線のエキスパート、水野が語る飯田線での「降り鉄」趣味! あの異様に多い駅のすべてで下車(乗車)するには正攻法では難易度高すぎです。そこで編み出したコツとは…?
去る12月10日の運行で完全引退となった小田急の特急ロマンスカーVSE・50000形。その何が画期的だったのか、そしてなにゆえに早めの引退となったのか…そんなことを羽山が語ってみました。
寒い時期には欠かせない列車の暖房装置。冷房装置を搭載した車両を冷房車と言いますが、じゃあ暖房装置を搭載した車両が暖房車? ちょっと違いまして、暖房車それ自体にはお客様が乗ることはできませんでした。50年ほど前まで冬の風物詩であった暖房車のことをお伝えします。
四国と言えば松山や高知に今なお路面電車が走っていることでも知られますが、実は戦時中まで高松にも路面電車があったということはあまり知られていません。しかもそれが他ならぬ「ことでん」の成り立ちと大いに関係がある…というお話です。
今回は瀧口別冊編集長が、飯田線北部で活躍した旧型電機ED18・19について、「なぜその形式でなければならなかったのか」を語ります! ちゃんと理由があるんですよ…。
RMライブラリー「私鉄電気機関車の変遷」のご紹介を兼ねて、水野が私鉄の電気機関車のあらましを語ります。現在日本の私鉄で最多数の電機を所有しているのは意外にもあの鉄道…! うんちく多数でお送りします。
鹿島鉄道に思い入れのある羽山が最近見てきた映画『石岡タロー』。動く鹿島鉄道の姿を見ることができるだけでも一見の価値あり。ストーリーも素敵です。もう一つ、三重県の貨物鉄道博物館に行って来たお話も取り上げています。
久しぶりに瀧口別冊編集長が登場! ある朝、品川発仙台行きの「ひたち」に乗ろうと思い立ったら吉日。5時間強の在来線の旅の始まり~。その珍道中を語ります!
国鉄でのコンテナ輸送が始まったのは1959年のことでした。それ以来、国鉄時代だけでも多種多様なコンテナが登場しています。どんな用途でどういう特徴があって…ということをすべて解説した本をご紹介します。
列車の扉横にあるボタン式の開閉スイッチを使ったことがある方は多いと思うのですが、それより古い、「開ける時は手動、閉める時は自動」という扉はもはや懐かしい感じがしますね。さらにそれより古い、「手で閉めない限り、走行中でも開けっぱなし」というのを体験したことがあるのはもう50代以上の方でしょうか。今回は水野がそんなお話を致します。
昭和29年、まだ終戦から10年と経っていない時期ですが、大学に入ったばかりの一人の青年が北海道一人旅を敢行しました。その目的は当時道内各地にあった私鉄を巡って車両や路線の記録を残すこと。その時の研究成果は後年、鉄道趣味界にとっての宝ともなるのです。今回は、その時のリアルタイムな旅行記が一冊の本にまとまったという話題です。
列車が線路上を走る様子をよく「ガタンゴトン」という擬音で表現しますが、それは車輪が線路の継ぎ目を通る時のジョイント音というもの。最近はロングレールの普及であまり耳にしなくなったようにも思いますが、気にし始めると車両の軸数や軸距離、線路の長さ、列車の速度などにより様々なリズムを刻むことがわかるでしょう。
RMリライブラリーで、東急5000系と伊豆急100形という、一見特に関連のない電車を一冊にまとめた本が刊行されました。どういう共通点があってのことなのか、担当である羽山が語ります。
1970年、国電として初の冷房車が山手線に投入されました。まだ10両1編成だけの試作冷房車で、でもそれをわざわざ待ってまで乗る価値があった…そんな思い出話を水野が披露致します。
現在国鉄型のホットスポットとなっている岡山。出張で行って来た羽山が駅でのトレインウォッチングをしたところ、来るわ来るわまっ黄色の115系・113系・105系…! もちろん「やくも」の381系も来るし、キハ40系も健在。ここまで国鉄型濃度が高いのはもはや全国でもここだけですし、後継車が登場した今、お尻に火が着いている状況だと思います…!
かつて東急電鉄にあって目黒~蒲田を結んでいた目蒲線。現在は目黒線と東急多摩川線に系統分離されましたが、かつては池上線と並ぶ都心のローカル線として独特の風情を発揮していました。しかし歴史的に見ると非常に大きな位置づけの路線でもあり…そんな目蒲線のいま・むかしを振り返ります。
主に戦時中に当時の鉄道省が要所の私鉄を多数買収し、その在籍車両に国鉄車としての形式が与えられました。私鉄に由来することから明らかに国鉄機とは異なるスタイルを持つものが多く、その形態分類やその後の流浪の車生も興味深いものです。なお、放送中で「阪和鉄道」と申しておりますが、正しくは「阪和電気鉄道」または「阪和電鉄」と言うべきでした。お詫びして訂正いたします。
月に一度の出演となる瀧口・別冊編集長より、今回は国鉄が3両だけ製造した流線形電気機関車EF55の魅力を語り明かします。なんでも復活直後の沼津にて印象的な出会いがあったとのことで…?
先日、KATOから発売された高崎の旧型客車セットには戦災復旧客車のスエ78形が含まれていましたが、折しもRMライブラリーでは「70系戦災復旧客車」を上中下の3分冊で展開中! 形態的な見どころなどについて、水野が解説致します…!
都心のローカル線とも呼ばれる鶴見線。短い路線長ながら終点は3つもあり、それぞれに個性的な特徴があります。その魅力を味わい尽くすツアーに羽山が同行取材してまいりました…!
終戦直後、深刻な車両不足に襲われた国鉄では、戦災被災した車両を何とか最低限復旧させて活用する道を選びました。それが70系として括られる系列で、その多くは後年荷物・郵便車、そして救援車へと役目を変えていきます。その形態はバラエティに富み、しかしあまりにも資料が不足していた…のがこれまでの状態でした。
かつて日本では様々な種類・目的にて自動車を運搬する列車が運行されていました。それぞれ特徴のある貨車を使用し、目的ごとに異なる経路で運転されていたのですが、今ではそのすべてが終了となっています。どんな種類の列車があり、なぜ終了に至ったのか…それを解き明かします!
日本最北端のローカル私鉄である津軽鉄道。ここではストーブ列車が有名な観光資源となっていますが、そもそもなぜここにはストーブ列車というものが存在し、なぜ今に至るまでそれが残されているのでしょうか…?
RM MODELSの別冊編集長・瀧口さんが3度目の出演です。前回、『Nゲージ大図鑑2023』の入稿ギリギリのタイミングで出演してくれましたが、あの本は無事刷り上がっているのでしょうか? そしてその次にどんな本を編集しているのでしょうか…?
神奈川県第二の都市である川崎市。そのくらいの都市であればかつて市電があっても不思議ではなく、実際1969年に廃止されるまで確かに走ってはおりました。しかしその成り立ちは他の都市とはちょっと違っていたようで、沿線風景も他の路面電車とは様相が異なります。なぜそんなことになったのか…?
今年2023年は、飯田線から旧型国電が消えてから40周年の節目となります。それまで同線では経年50年くらいの戦前型車両が大切に使われていました。簡単には置き換えられない同線ならではの理由があったからなのです。そのあたりを飯田線エキスパートの水野が語ります!