【A132】いまの社会と言葉 時間:110分 音質:4 ジャンル:情況 講演日:1990年12月12日 主催:白梅学園短期大学 場所:白梅学園短期大学 収載書誌:弓立社『大情況論』(1992年) 音源について 2週間前「現代用語の基礎知識」が 新語・流行語大賞を発表したので 「ファジー」「ちびまる子ちゃん」 などの言葉を取り上げていく。 音質はあまりよくないが、 ステージ近くで録音されたため、 内容は聞き取ることができる。 講演より 今日の言葉と明日の言葉とは ちっとも変わっていないように見えるんですが、 1年なら1年、2年なら2年たつと、 いつの間にか変わっているという変わり方を することになります。 もちろん断絶的に新語が勝手にできたということも 自由自在です。 しかしそうではなくて、1ヵ月や2ヵ月では ぜんぜん変わっているとは思えないんだけど、 「候べし」と昔いってたのが、 500年もたつと、「そうだぞ」という言葉に 変わっています。 ところが501年、500年、499年前と連続的にとったら、 ちっとも変わり方がわからない。 それが蓄積すると変わっている。 言葉というのはそういう...
Aug 15, 2015•1 hr 50 min
【A035】『死霊』について──東北大学にて 時間:105分 音質:3 ジャンル:文学 講演日時:1976年5月11日 主催:東北大学学友会文芸部/「濫觴」同人/現代イデオロギー研究会 後援:東北大学教養部、学生自治会臨時執行部 場所:東北大学 川内記念講堂 収載書誌:未発表 音源について 「高橋和巳追悼・ 『死霊』完成記念講演会」 と題された催しでの講演。 ノイズや残響音が入っているが 比較的クリアに収録されている。 埴谷雄高氏の『死霊』は、 本講演の前年である1975年、 26年ぶりに「第五章」が発表。 講演より 太平洋戦争と現在では呼ばれている戦争を、 何らかの意味で否定する考え方を、 文学か思想によって完結しようとした 本当にまじめな人間がいたとしたら、 その人は絶対に 戦後に生きては存在することができなかったと思います。 にも関わらず生きてしまったとすれば、 それはどこかで矛盾を抱え込んだということです。 そしていまもなお、矛盾を抱え込んで、 何らかのかたちでそれを解き明かしながら、 また矛盾を呼び込むということに悪戦苦闘している、 そういう文学者は少数ですけれどもいるわけで...
Aug 15, 2015•1 hr 45 min
【A021】南島論 時間:281分 音質:5 ジャンル:文学 講演日:1970年9月3日/10日 主催:筑摩書房 場所:新宿・紀伊國屋ホール 収載書誌:春秋社『〈信〉の構造 PART3』(2004年)、中公文庫『語りの海1 幻想としての国家』(1995年) 音源について 1969年に刊行された 学問案内のシリーズ 「筑摩総合大学」のPRで 計画された講演。 音源は主催者提供。 講演より 〈南島〉は、日本の民俗学あるいは文化人類学にとって 宝庫だといわれているところで、 さまざまな古い遺習が残っていますが、 われわれは、それとはまったく違う理論的視点を 前提としています。 たとえば、ニューギニアの奥地にはまだ 石器時代の生活をしている種族がいるとか、 サハラ砂漠の近辺に行くと 太古の遊牧民さながらの生活をしている種族がいるという いわれ方があります。 しかし、そういう未開の種族もまた 世界史的現在のなかに存在しています。 その意味をどうとらえたらいいのでしょうか。 そういう種族や日本の〈南島〉を扱うとして、 ただ古き良き時代の名残がなんらかのかたちで残っている、 という扱い方ではなく、 ...
Aug 15, 2015•4 hr 42 min
【A101】マス・イメージからハイ・イメージへ 時間:91分 音質:3 ジャンル:思想 講演日時:1987年7月16日 主催:河合塾 場所:河合塾 名駅キャンパス16号館 収載書誌:河合文化教育研究所『幻の王朝から現代都市へ──ハイ・イメージの横断』(1987年) 音源について 河合塾名駅キャンパス16号館の オープニングで行なわれた。 音源は客席から録音されたが 比較的クリアに収録。 講演より ランドサット映像のいいところは、 ひとつの地図というものが さまざまな歴史的時間を包括することができる ということです。 たとえば神話時代の視線は、 村落の外れにある低い山や丘の頂から村落を俯瞰する、 500~600メートルくらいの高さからの 視線であったことがわかります。 この視線は歴史が発展するとともに 高度を増して現在に至っています。 現在、イデアルにいえば、 無限遠の高さからの視線を考えることができるわけです。 ごくふつうの人たちが 無限遠の高さからの視線を獲得できたとき、 現在900~200キロメートルの視線を 独占するかどうかで争っている、 ふたつの世界権力の視線を超えたことを 象...
Aug 15, 2015•1 hr 33 min
【A099】ハイ・イメージを語る 時間:143分 音質:3 ジャンル:思想 講演日時:1987年5月16日 主催:京都書院 場所:京都書院ヴァージョンB 4F ヴァージョンG 収載書誌:未発表 音源について 冒頭の司会で音が乱れるが 比較的クリアに収録。 テープチェンジのため講演の最後と 質疑応答の冒頭と最後が欠け 途中で音質が変わる。 講演より 現在、僕がイメージについて考えていることが ふたつあります。 ひとつは〈イメージの交換〉がたやすくなっている ということです。 もうひとつは、〈限界というイメージ〉が 可能になってきたということです。 たとえば、空間がたくさん重なったところでは、 実際にはひとつの視野で 現実のビル街の光景を見ているのに、 現実のビル街を見ているのではなくて イメージを見ているように錯覚されるところがあります。 それは、イメージと現実が転倒してしまうということです。 また、あそこは山だ、丘だ、あそこが限界だと思って 宅地開発していくと、限界が見えているのに、 近づいていくとまた遠のいていくということがあります。 どこに限界を定めていいのか イメージが明瞭に浮か...
Aug 15, 2015•2 hr 23 min
【A071】小林秀雄と古典 時間:106分 音質:3 ジャンル:文学 講演日:1983年5月26日 主催:神奈川県高等学校教科研究会国語部会 場所:神奈川県政総合センター 収載書誌:中公文庫『語りの海2 古典とはなにか』(1995年)、弓立社『超西欧的まで』(1987年) 音源について はステージから離れた 客席から録音。 小林秀雄は、この講演が行われる 3か月ほど前に亡くなった。 講演より 僕らが小林秀雄にかすかに違和感を感じたのは、 敗戦の後でありました。 戦後、こちらは急に戦争から放り出されて、 どうしたらいいかわからないし、また、 どんな思想を真と認めればいいのかわからないで、 たいへん落ち込んだ時期がありました。 そういうときに、小林秀雄が 何か発言をしてくれたらいいな、 そうしたらそこから何か得られるのにという感じで、 ずいぶん待っていたわけですけれども、 小林秀雄は戦争から放り出された青年の心のなかに もぐりこんでくる発言をしてくれなかった というように思います。 それでもう、自分でもって自分の落ち込んだところは つかんでいく以外ないと思いつめて、 そのあたりから自分は違...
Aug 15, 2015•1 hr 47 min
【A054】親鸞の教理について 時間:91分 音質:2 ジャンル:宗教 講演日時:1980年5月24日 主催:上智大学東洋宗教研究所/上智大学キリスト教文化研究所 場所:上智大学 521番教室 収載書誌:春秋社『〈信〉の構造 PART1』(2004年) 音源について 「日本人と宗教性」と題した 連続講演会における最終日の講演。 声が若干遠く聞こえ、 ところどころノイズが入っており 背景に会場周辺の音楽が聞こえる。 討論部分は途中でテープが切れる。 講演より もし、知識を〈本当の知識〉として 獲得できるとすれば、 知識を獲得することが同時に 反知識、非知識、あるいは不知識というものを 包括していくことなんです。 知識を〈往きの姿〉でとらえれば、 学問のない人が修行をして知識を 獲得していく過程になります。 往きの過程にある限り、人間の〈本当の知識〉が 獲得されることはない。 知識に対して〈還りの姿〉になっていったときにはじめて、 知識が獲得されたということになります。 それは、知識を獲得すればするほど 知識でないものを包括していくということです。 包括できなければならないということです。...
Aug 15, 2015•1 hr 31 min
【A042】竹内好の生涯 時間:171分 音質:4 ジャンル:文学 講演日時:1977年10月1日 主催:山口県内吉本さんを呼ぶ会 場所:山口県立図書館レクチャールーム 収載書誌:弓立社『超西欧的まで』(1987年) 音源について 山口県内の有志が催した講演会。 音源は主催者提供。 クリアに収録されているが 音質のよいものをつないだため 途中で音質が若干変わる。 竹内好氏は本講演の 半年前に亡くなった。 講演より 僕はある時期から、竹内好さんと、 理念的には同じからざる道を歩んだように思います。 けれど、竹内さんの「思想の肉体」はたいへん好きでした。 そういう意味では自分と本当は よく似たところがあるのではないかと思います。 ひとりの思想家が、生涯において成しうることは たいしたことはありません。 しかし何がためにひとりの思想家は ある時代に存在し続けるかと考えてみますと、 「自分が一刻も頭から去らないほど 労苦して考えに考え抜いてやっとつかまえたもの」 が、後の世代の人たちにとって、 何となく自然に身につけている、 その地点に出会うためです。 それが、ひとりの思想家が生涯にわたって ...
Aug 15, 2015•2 hr 51 min
【A152】寺山修司を語る──物語性のなかのメタファー 時間:114分 音質:2 ジャンル:文学 講演日時:1993年4月10日 主催:風馬の会 場所:早稲田奉仕園 レセプションホール 収載書誌:情況出版『寺山修司の世界』(1993年) 音源について 周辺のノイズが入っており、 音質はあまりよくない。 『寺山修司の世界』には 「物語性のなかのメタファー」 として収載されている。 講演より 僕は自分のことも そういうふうに思うことがあるのですが、 寺山さんというのはたいへん孤独な人だったと思うのです。 たとえばインディアンに囲まれたアメリカの騎兵隊とか、 騎兵隊に囲まれて砦にこもったインディアン、 比喩でいうとそうなると思います。 砦のなかに本当はひとりしかいないのに、 こっちの銃眼から鉄砲を撃ったかと思うと、 また違う窓から鉄砲を撃つ。 そうやって、たくさんいるかのごとく 見せ掛けなくてはならなかったのです。 寺山さんは、短歌や俳句から、詩、散文、小説や戯曲まで、 あらゆることに手を出しています。 砦にこもった単独者のとても大きな特色だと思います。 色々なことに手をつけて、色々なところ...
Aug 15, 2015•1 hr 54 min
【A013】高村光太郎について──鷗外をめぐる人々 時間:90分 音質:3 ジャンル:文学 講演日:1968年3月7日 主催:文京区立鷗外記念本郷図書館 場所:文京区立鷗外記念本郷図書館 収載書誌:弓立社『吉本隆明全講演ライブ集 第10巻』(2005年) 音源について 森鷗外の旧居跡地にあった 鷗外記念本郷図書館で行われた。 音源は主催者提供。 ステージ付近で録音されたため 音声はクリアに聞くことができる。 講演より 高村光太郎という詩人は、複雑な思想を、 複雑に表現するというようなことはしていません。 しかし、本来的にはたいへん 気味の悪い芸術家だと思います。 気味の悪いといっていいのか、 得体が知れないといっていいのかわかりませんけれども、 とにかくそうとうなしろものだと思います。 そうとうな人だということを、 『道程』とか『智恵子抄』のような作品の背後に、 つかんでいかないと、 高村光太郎という人の総体的な人間像は、 うまくつかまえてこれないんじゃないかと思います。...
Aug 15, 2015•1 hr 31 min
【A052】ホーフマンスタールの視線 時間:146分 音質:2 ジャンル:文学 講演日時:1979年11月15日 主催:京都精華短期大学 学生部 場所:京都精華短期大学 収載書誌:弓立社『吉本隆明全講演ライブ集 第16巻』(2006年) 音源について 場所は京都精華短期大学大教室。 一般の人にも開放され、 他学生の参加も多かった。 音源は主催者提供。 入力音ノイズなどが入っており、 音質はあまりよくない。 講演より ホーフマンスタールの考え方は、 日本の浪漫的な考え方の詩人、 文学者たちがよく受け入れた考え方です。 無意識のうちに受け入れ、 そして無意識のうちに実現していた考え方です。 堀辰雄でも立原道造でも、また芥川龍之介でも、 文学が文学である本質的なものが含まれているとすれば、 それはたぶんホーフマンスタールが 〈深淵〉としてとらえた、意識のある空白性の状態を、 作品のなかに形象化できていることだと思います。 ホーフマンスタールが〈深淵〉という概念でいうのは、 一種の歴史概念に近いものです。 歴史概念であり、神話概念であり、 同時に神話概念のいわば否定の瞬間になっているものです。...
Aug 15, 2015•2 hr 27 min
【A018】敗北の構造 時間:32分 音質:3 ジャンル:思想 講演日時:1970年6月10日 主催:社会主義学生同盟/南部反帝戦線明学大班 場所:明治学院大学100番教室 収載書誌:弓立社『敗北の構造』(1972年) 音源について 社会主義学生同盟 明治学院大学支部と 南部反帝戦線明学大班の主催による 〈6.10反帝戦線・社学同政治集会〉 での講演。 周辺のノイズや残響音が入っているが 比較的クリアに収録されている。 講演より 日本に統一国家というものが成立した千数百年前以前に、 この小さな島に人間がいなかったかというと、 そんなことはありません。 日本民族という場合には、 統一国家成立以降の文化的、言語的に 統一性をもったものを想定しているわけですけれども、 それは日本人とはまるで違います。 日本人という場合には、日本国家成立以前に、 すでに郡立した多数の国家が存在していたと 考えることができます。 僕のいう「敗北」は、そういう たいへん大昔の敗北ということです。 何が敗北したかというと、 天皇制権力によって統一国家が成立する以前に存在した、 日本の全大衆が総敗北したということです...
Aug 15, 2015•33 min
【A005】ナショナリズム──国家論 時間:98分 音質:2 ジャンル:思想 講演日時:1967年10月21日 場所:新宿・観音寺 収載書誌:未発表 音源について 第22回独立講座に招かれて 行われた講演。 客席から録音されているため 周辺のノイズが入っており、 音質はあまりよくない。 講演より ボクシングでいいますと、やっぱり 世界タイトルというのは思想的に 奪取しなきゃいけないんです。 たとえばサルトルという人が、 日本という国家的土壌にいたとすれば、 大した人じゃないと思うんです。 しかし、ヨーロッパの土壌にのっかっている人ですから、 いい加減なやつだなぁと思うけれど、 みっちりやったら日本人である僕が 必ず負けるということはやはりわかるんです。 しかし、「それでもやる、必ず勝つ」という問題は、 どうしても持たざるをえないことがあるんです。 本当の意味の世界普遍性というものを 獲得していくためには、非常に困難な道を 歩まなければならない。 一民族、一種族、一部族の共同性というものに 固執するわけでもなんでもないけど、 それが制約している問題と、 経済的範疇としての世界性の矛盾とい...
Aug 15, 2015•1 hr 39 min
【A085】文芸雑感 時間:101分 音質:1 ジャンル:文学 講演日時:1985年9月7日 主催:梅光女学院大学 場所:梅光女学院大学 収載書誌:未発表 音源について 梅光女学院での講演。 原題は 「文芸雑感── 現代文学の情況にふれつつ」。 講演後半部は別テープの音が 重なってしまっているため、 たいへん聞き取りづらい。 講演より 僕は、『言語にとって美とはなにか』で、 文学作品を言語の表現として見た場合に、 どういう問題があるかという文章を書いたことがあります。 それは「言語表現としての文学」という観点で 文学の作品を理論化していったということだと思います。 僕がいましたいことは、 「イメージの美としての文学とはなにか」ということです。 イメージの普遍的な理論のなかに、 文学作品についての評価の仕方も含めてしまいたい。 それが文芸批評の当面しているひとつの 課題であると思います。 この講演のテキストを読む...
Aug 15, 2015•1 hr 41 min
【A012】幻想としての国家 時間:105分 音質:2 ジャンル:思想 講演日:1967年11月26日 主催:関西大学千里祭 場所:関西大学 収載書誌:中公文庫『語りの海1 幻想としての国家』(1995年)、徳間書店『情況への発言』(1968年) 音源について 学園祭の講演であるため、 他の催事の音が混じることもあり 聞き取りづらい部分がある。 途中、若干音声が遠のくのは、 黒板を使用しているため。 講演より 幻想としての国家というのは何かといいますと、 国家の本質ということを意味しています。 もちろん国家には、幻想としての国家というものが、 たとえば法なら法というものによって維持されていくという 法機関、法権力機関というものはあるわけですけれども、 機関としての国家ではなく、 幻想としての国家ということで何を意味するかということ、 国家の本質ということのお話をしていきたいと思います。...
Aug 15, 2015•2 hr 50 min
【A087】心的現象論をめぐって 時間:54分 音質:3 ジャンル:思想 講演日:1985年10月18日 主催:紀伊國屋書店 場所:新宿・紀伊國屋ホール 収載書誌:弓立社『心とは何か』(2001年) 音源について 紀伊國屋書店出版部 30周年記念講演会として行われた。 総合タイトルは 「心的現象論と暗黙知の理論」。 クリアではないが 講演自体は聞き取ることができる。 講演より あるとき、未知の読者だという人から電話がかかってきて、 「自分は1ヵ月ぐらい前に交通事故で 手をひじの下から落としてしまった。 しかし落としてしまったそのこと自体がよくわからない」 というのです。 「それを教えてくれないか」という電話を いただいたことがありました。 「いやおれもわからない」と答えました。 だけどその人がわからないという意味は とても深刻なように聞こえました。 つまり、手を交通事故で偶然落としちゃったということを、 以降1か月ぐらいたっているけれども、 そのこと自体がどうしても自分でのみ込めない。 そののみ込めないということが、 かなり深刻な意味で問われていました。 僕はまったくそれに対して答える...
Aug 15, 2015•55 min
【A001】芸術と疎外 時間:96分 音質:5 ジャンル:思想 講演日時:1964年1月18日 主催:国際基督教大学ICU祭実行委員会 場所:国際基督教大学 DMH講堂 収載書誌:未発表 音源について 第10回ICU祭にて、 特別講演として行なわれた講演。 年代は古いが クリアに収録されている。 講演より 芸術をつくる者と、創造された芸術のあいだには、 眼に見えない〈橋〉があります。 それを僕の言葉では〈自己表出〉といいます。 〈自己表出〉の構造は、眼に見えるものではありません。 その眼に見えない構造が、芸術が現在の社会に対して 何を与えるか、何を与えないかという問題の 非常に重要な契機になっていきます。 「現実に対して自己が自己たりえない」という 自己疎外の問題に対して、芸術が何を果たしうるかは、 そういう問題点をつかまえていかないと はっきり出てこないのです。 この講演のテキストを読む...
Aug 15, 2015•1 hr 37 min
【A076】小林秀雄を読む──自意識の過剰 時間:101分 音質:2 ジャンル:文学 講演日時:1984年3月16日 主催:寺小屋教室 場所:新宿・紀伊國屋ホール 収載書誌:思潮社『白熱化した言葉』(1986年) 音源について 講演は連続シンポジウムの第一部 「現代を読む──小林秀雄を語る」 という原題のもと行なわれ、 講演者は吉本隆明のほか 秋山駿氏がいた。 音質はあまりよくない。 冒頭は録音者の手元ノイズのため 聞き取りづらい。 講演より 小林秀雄はわが国の近代批評の祖のような批評家です。 小林秀雄が文学批評のなかに「自意識」という起源を 定めたとき、はじめて日本の近代批評が はじまったといえます。 それ以前の批評では、 「他者を批評することは自分を批評することと同じだ」 という意味で成り立っている批評文は 存在しなかったといっていいくらいです。 この人を無視して日本の近代批評は語れないわけです。 僕らも繰り返しそこに立ち戻っていかなければ いけませんし、みなさんも文学批評というものに 関心を持たれたなら、 この人のものを読めばあとは要らないというほど 重要だと思います。...
Aug 15, 2015•1 hr 41 min
【A034】文学の現在 時間:153分 音質:4 ジャンル:文学 講演日時:1975年10月16日 主催:京都精華短期大学 学生部 場所:京都精華短期大学 収載書誌:白地社「而シテ」5号(1976年) 音源について 場所は、京都精華短期大学大教室。 一般の人にも開放され、 他大学の学生の参加も多かった。 音源は主催者提供。 テープ交換のため途中で音質が変わる。 講演より 文学が幸福になるときがあるのかもしれないけれど、 少なくとも歴史を省みる限りは、 文学が幸福だったということはまずないわけです。 文学が本質を目指すならば、 それはしかたがないと思うんです。 ただ、文学にもし影響力というものがあるとすれば、 「人を揺すぶる」ことが本質的には できることじゃないかと思います。 「文学というのはアルファからオメガまでやるんだよ」 ということを現在的に指し示すことによって、 「政治だって経済学だって ここからここまでやればいいんじゃないんだよ、 はじめから終わりまでやんなきゃだめですよ」 というふうに、揺すぶらなくてはしかたがないと思います。 それは、文学だけしかできないんじゃないかという ...
Aug 15, 2015•2 hr 34 min
【A075】漱石をめぐって──白熱化した自己 時間:166分 音質:3 ジャンル:文学 講演日時:1983年11月12日 主催:日本近代文学会 場所:武蔵大学 収載書誌:思潮社『白熱化した言葉』(1986年) 音源について 手元ノイズが入っている 個所があるものの、 全体を通してクリアに収録。 講演より 漱石の作品でいちばん魅力的なのは、 作品の登場人物を自分なりに設定しながら、 ある個所に来ると作者自身が作品のなかに乗り出して 登場人物に感情移入して白熱するところだと思います。 そこでは作品の登場人物と作者が融合してしまい、 その個所が作品でいちばん白熱してしまうのです。 もちろん物語ですから巧みに設定されておりますが、 主人物には作家・漱石のもっと根底にある、 人間・漱石みたいなものの自己移入が 必ずあるように思います。 そこのところが漱石文学の いちばんの魅力であると思います。...
Aug 15, 2015•2 hr 48 min
【A162】物語について 時間:127分 音質:3 講演日時:1994年6月12日 主催:リブロ 西武池袋本店 場所:西武百貨店 池袋本店 収載書誌:未発表 音源について 雑誌「試行」が書店リブロで 取り扱われることになり、 書店の企画で行われた講演。 音源は主催者提供。 テープの反転によって欠けている部分を 別の音源で補っているため、 一部音質が変わる個所がある。 講演より 物語とは何かということを考えると、 たとえば『今昔物語』では、いちばんはじめに 「いまは昔」といいます。 そして、終わりに「何々であるとかや」というのが くっつきます。 これが、文学作品にあらわれた物語の形態認識のひとつで、 いちばん重要なものです。 日本の明治以降の近代小説では、たとえば漱石が、 もっとも遠くまで形態認識を展開させた人です。 そこでは、独立した自我というものの意識があって、 他者と考えられた自分以外のぜんぶのものとの葛藤が 物語になっていきます。 漱石は、「人間の存在感とはかかるものか」という 実存的な領域まで、 とことん形態認識をやったことになります。 僕が欲張りをいえば、現在では、 近代的自...
Aug 15, 2015•2 hr 8 min
【A172】フーコーについて 時間:137分 音質:3 ジャンル:思想 講演日:1995年7月9日 主催:リブロ 池袋本店 場所:西武百貨店 池袋本店 収載書誌:弓立社『吉本隆明全講演ライブ集 第7巻』(2004年) 音源について 雑誌「試行」が書店リブロで 取り扱われることになり、 書店の企画行われることになった 講演シリーズの6回目。 音源は主催者提供だが、 全体的に少し音が割れている。 冒頭に若干欠けている部分がある。 講演より フーコーには重要な意味があるなと最初に思ったのは、 この人がマルクス主義的な方法とまったく違ったやり方で、 権力の問題とか国家の問題を扱っているところでした。 最初にフーコーの『言葉と物』を読んだときに驚いたのは、 マルクス主義あるいはマルクスの考え方の 枠組みのなかにない方法で、 だいたいマルクス主義が手を伸ばしている あらゆる分野に適用できる「知の考古学」という まったく独立した方法がここにあると思えたところです。 フーコーとは自分にとってなんであるかというとすれば、 けっきょくそこが中心になってきます。...
Aug 15, 2015•2 hr 18 min
【A145】文芸のイメージ 時間:114分(うち質疑応答13分) 音質:3 ジャンル:文学 講演日時:1992年11月3日 主催:梅光女学院大学 場所:梅光女学院大学 収載書誌:未発表 音源について 梅光女学院での講演。 周辺ノイズが入っているが、 比較的クリア。 講演より 日本でアンケートをとると、国民のうち8割9分の人が 「自分たちは中流だ」という意識を持っているという 結果が出てきています。 「明日食べるためのお米がない」ということが なくなってしまっていることは、まったく新しい時代です。 そういう人たちが何を悩みとするかと考えると、 だいたいにおいて精神的に正常であるか 異常であるかという、眼に見えない境界線を 行ったり来たりしている状態になりつつあり、 そういう人たちが増えつつあるという現状があります。 それを文学作品として感受しているというのが、 現在書かれている純文学の状態ではないかと思われます。 この講演のテキストを読む...
Aug 15, 2015•1 hr 54 min
【A058】ドストエフスキーのアジア 時間:72分 音質:2 ジャンル:文学 講演日:1981年2月7日 主催:ロシア手帖の会 協賛・新潮社 場所:渋谷・東京山手教会 収載書誌:弓立社『超西欧的まで』(1987年) 音源について 「ドストエフスキー死後百年祭」で 行われた。 全編に周辺ノイズが入っている。 教会で行われたため音が響くが ライブ感あふれる録音。 会場は満員であった。 講演より ドストエフスキー的な主人公である 『白痴』のムイシュキン公爵のような性格は、 一見すると現代的です。 そしてこれを現代的と解する限り、 病的あるいは異常という類型にあたります。 病的、異常であるがゆえに、 自分の振る舞いや自分の招き寄せてしまう悲劇に 無意識なのだと解されるのです。 けれどそう解したとき、 なぜかドストエフスキーが これらの主人公たちに抱いている親愛感や、 それに応えるような主人公たちの 何ともいえない規模の大きさのようなものが、 見落とされてしまうような差異感を覚えます。 僕たちはどうしても、 ドストエフスキーが自分の作品世界に、 眼に見えないロシアのアジア古代的な感性や 思想性の...
Aug 15, 2015•1 hr 13 min
【A164】心について 時間:124分 音質:3 ジャンル:思想 講演日時:1994年9月11日 主催:リブロ 西武池袋本店 場所:西武百貨店 池袋本店 収載書誌:筑摩書房「ちくま」1995年1月号、2月号 音源について 雑誌「試行」が書店リブロで 取り扱われることになり、 書店の企画として行われた 連続講演の2回目。 音源は主催者提供。 客席録音だが比較的クリア。 講演より 心の病というのは、人間の心の世界の大きさを 最大限に大きく見積もって考えれば、 病気じゃないといえばいえてしまうところがあります。 病気なんてもともとない、 人間の精神、意識の働き方の世界の可能性のなかの、 あるところに偏った意識の 偏り方の場所を閉めているのが病気だといってみたり、 異常だといったに過ぎないんだよ、 ということになると思います。 ただ、病気だといわれている状態は、 現在の日常生活にとっては 不自由な状態に違いないということになります。 「この境界を超すと正常だしこの境界を超すと異常だ」 という境界線に対しては、 さまざまな局面で自覚的で意識的になるというやり方が いいんじゃないかと思います。 そ...
Aug 15, 2015•2 hr 5 min
【A119】日本農業論 時間:214分 音質:3 ジャンル:情況 講演日時:1989年7月9日 主催:雑誌「修羅」同人 場所:長岡短期大学 収載書誌:弓立社『吉本隆明全講演ライブ集 第10巻』(2002年) 音源について 講演は午前をかけて行われ、 午後の討議・質疑応答を含め 約3時間半にわたる全編収録。 音源は主催者提供。客席から録音。 講演より 日本の農業が当面している問題から、 日本の農業の歴史的問題と、それから 一般に農業はどうあれば理想的な状態なのかということを、 いかに浮かび上がらせることができるでしょうか。 農業問題に関する限り、エンゲルスもマルクスも、 個人の欲望や私有という問題をどうするんだと いうところまで浸透していくだけの理論が ありませんでした。 それがいま、矛盾をきたして あらわれているのだと思います。 マルクス主義者や進歩派というのは、 「農業はどうあったら理想なのか」ということが いえないのです。僕は、 「小さな自作農がそれほどの格差もなく一面に並んで、 農業を自営している」 かたちというのは、かなり理想に近いと思っています。 日本の農業は国有化されればい...
Aug 15, 2015•3 hr 34 min
【A154】斎藤茂吉の歌の調べ 時間:91分 音質:5 ジャンル:文学 講演日時:1993年5月14日 主催:斎藤茂吉記念館 場所:山形・上山市民会館 収載書誌:コスモの本『余裕のない日本を考える』(1995年) 音源について 斎藤茂吉の生まれ故郷である 山形県上山市の 斎藤茂吉記念館によって行われた 斎藤茂吉追慕全国大会での講演。 たいへんクリア。 講演より 緊張した詩を書いたまま、若くして死んじゃったという 詩人はいるんですけれども、 茂吉のように長生きした人で 最後まで衰えを知らない作品をまっとうした詩人は ほかにいないように思います。 斎藤茂吉という人の初期の作品を評価するにせよ、 後期の作品を評価するにせよ、 大変な歌人で、日本の詩歌というものの伝統を 文学全般のなかに導き入れるということを初めてやり、 また最後まで衰えなかったという意味あいで、 明治以降のなんともいえない高嶺なんだなあと思います。...
Aug 15, 2015•1 hr 31 min
【A083】マス・イメージをめぐって 時間:122分 音質:5 ジャンル:文学 講演日時:1985年7月1日 主催:前橋市・煥乎堂 場所:前橋市民文化会館 小ホール 収載書誌:未発表 音源について 「煥乎堂文芸講座」として 開かれた講演会。 音源は主催者から提供。 たいへんクリアに収録。 講演より 黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』と マルクスの『資本論』を、 片方の場合に程度を下げるのではなく、 同じ言葉で論ずるということは、 カルチャーとサブカルチャーの違いが あまり明瞭でなくなった現在に対する批評のあり方として、 きわめて重要なことではないかと思います。 批評というものが 作品の本質をいい当てるということならば、 CMや漫画といった サブカルチャーにこだわっていかざるをえないという 問題が、どうしてもあると僕は考えます。 こういうものを、純文学でもないし 純芸術でもないということで排除しておいたら、 批評という概念が成り立つかどうか、 僕は疑問とするわけです。 この講演のテキストを読む...
Aug 15, 2015•2 hr 2 min
【A033】フロイトおよびユングの人間把握の問題点 時間:140分 音質:2 ジャンル:思想 講演日時:1975年10月11日 主催:山王教育研究所 場所:山王会館(国電大森駅ビル4階) 収載書誌:弓立社『知の岸辺へ』(1976年) 音源について 山王教育研究所が主催する 「山王サイコセラピーセミナー」 の講演。 め周辺のノイズが入っており、 音質はあまりよくない。 講演より ユングは自伝のなかで、 フロイトとの決別の場面を象徴的に語っています。 それはばからしいといえばばからしいし、 たいへんなことだといえばたいへんなことです。 あるとき、フロイトとユングが超心理学の話をしていて、 いまの言葉でいえば超能力についてどう思うか、 とユングがフロイトにいうわけです。 それに対してフロイトは、それはお話にならないから、 まじめに相手にしない、みたいな感じで応対します。 そうしているうちにふたりがしゃべっているそばの本棚が ガタガタと揺れ出す。 ユングにいわせれば超能力的に そういうことが起こったんだけれども、 フロイトはそれを承認しない。 その現象は、テレビの茶番劇にもなりうるわけですけど...
Aug 15, 2015•2 hr 20 min
【A123】イメージとしての都市 時間:108分 音質:3 ジャンル:情況 講演日時:1989年11月12日 主催:ことばをひらく会 場所:尼崎市 つかしん 収載書誌:産経新聞社「正論」90年4月号・5月号 音源について 1985年に西武グループによって 開発されたショッピングセンター 「つかしん」のイベントの講演。 イベントは2部構成となっており、 第1部は吉本隆明の講演、 第2部は笠原芳光氏との対談。 客席録音だが比較的クリア。 講演より イメージは、かつては力でなく 空想に過ぎませんでした。 「金もないのにそんなこと思ったってしかたないじゃないか」 ということでした。 政府がやれば、自治体がやれば、大資本がやれば、 それでペチャンコじゃないかと思われていました。 かつてはそうでしたが、われわれの段階では そうではないのです。 「完結したイメージを持つことができる」 ということは、それだけで 実現可能性を持った力だという段階に 現在は達しているんです。 都市を構想することはできる、ということなんです。 逆に、都市をつくるものは、 万人が持っているイメージを無視することはできないと ...
Aug 15, 2015•1 hr 49 min