林芙美子 新版放浪記 第二部 - podcast cover

林芙美子 新版放浪記 第二部

第二部は尾道の生活からはじまります。これからどのように綴られてゆくのでしょうか。ご一緒にお楽しみいただければ幸いです。 えぷろん
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Episodes

林 芙美子 放浪記第二部 その14(終)

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間: 40分00秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら 〓 アイコンをクリックで第三部にご案内します。 [#改ページ] 私は生きる事が苦しくなると、故郷というものを考える。死ぬる時は古里で死にたいものだとよく人がこんなことも云うけれども、そんな事を聞くと、私はまた故郷と云うものをしみじみと考えてみるのだ。 毎年、春秋になると、巡査がやって来て原籍をしらべて行くけれど、私は故郷というものをそのたびに考えさせられている。「貴女のお国は、いったいどこが本当なのですか?」と、人に訊(き)かれると、私は ぐっ と詰ってしまうのだ。私には本当は、古里なんてどこでもいいのだと思う。苦しみや楽しみの中にそだっていったところが、古里なのですもの。だから、この「放浪記」も、旅の古里をなつかしがっているところが非常に多い。――思わず年を重ね、色々な事に旅愁を感じて来ると、ふとまた、本当の古里と云うものを私は考えてみるのだ。私の原籍地は、鹿児島県、東桜島、古里温泉場となっています。全く遠く流れ来つるものかなと思わ...

Jun 16, 201240 min

林 芙美子 放浪記第二部 その13

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間: 24分30秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (二月×日) 私は私がボロカス女だと云うことに溺れないように用心をしていた。街を歩いている女を見ると、自分のみっともなさを感じないけれども、何日も食えないで、じっと隣室の長閑(のどか)な笑い声を聞いていると、私は消えてなくなりたくなるのだ。死んだって生きていたって不必要な人間なんだと考え出してくると、一切合切がグラグラして来て困ってしまう。つかみどころなき焦心、私の今朝の胃のふが、菜っぱ漬けだけのように、私の頭もスカスカとさみしい風が吹いている。極度の疲労困憊(こんぱい)は、さながら生きているミイラのようだ。古い新聞を十度も二十度も読みかえして、じっと畳に寝ころんでいる姿を、私はそっと遠くに離れて他人(ひと)ごとのように考えている。私の体はいびつ、私のこころもいびつなり。とりどころもない、燃えつくした肉体、私はもうどんなに食えなくなってもカフエーなんかに飛び込む事は止やめましょう。どこにも入れられない私の気持ちに、テラテラまがいも...

Jun 15, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その12

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:25分52秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (二月×日) 黄水仙の花には何か思い出がある。窓をあけると、隣の家の座敷に燈火がついていて、二階から見える黒い卓子の上には黄水仙が三毛猫のように見えた。階下の台所から夕方の美味(おい)しそうな匂いと音がしている。二日も私は御飯を食べない。しびれた体を三畳の部屋に横たえている事は、まるで古風なラッパのように埃(ほこり)っぽく悲しくなってくる。生唾(なまつば)が煙になって、みんな胃のふへ逆もどりしそうだ。ところで呆然としたこんな時の空想は、まず第一に、ゴヤの描いたマヤ夫人の乳色の胸の肉、頬の肉、肩の肉、酸っぱいような、美麗なものへ、豪華なものへの反感が、ぐんぐん血の塊のように押し上げて来て、私の胃のふは旅愁にくれてしまった。いったい私はどうすれば生きてゆけるのだ。 外へ出てみる。町には魚の匂いが流れている。公園にゆくと夕方の凍った池の上を、子供達がスケート遊びをしていた。固い御飯だって関(か)まいはしないのに、私は御飯がたべたい。荒れて...

Jun 14, 201226 min

林 芙美子 放浪記第二部 その11

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間: 24分52秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (十二月×日) 「飯田がね、鏝(こて)でなぐったのよ……厭になってしまう……」 飛びついて来て、まあよく来たわね、と云ってくれるのを楽しみにしていた私は、長い事待たされて、暗い路地の中からしょんぼり出て来たたい子さんを見ると、不図(ふと)自動車や行李(こうり)や時ちゃんが何か非常に重荷になってきてしまって、来なければよかったんじゃないかと思えて来た。 「どうしましょうね、今さらあのカフエーに逆もどりも出来ないし、少し廻って来ましょうか、飯田さんも私に会うのはバツが悪いでしょうから……」 「ええ、ではそうしてね。」 私は運転手の吉さんに行李をかついでもらうと、酒屋の裏口の薬局みたいな上りばなに行李を転がしてもらって、今度は軽々と、時ちゃんと二人で自動車に乗った。 「吉さん! 上野へ連れて行っておくれよ。」 時ちゃんはぶざまな行李がなくなったので、陽気にはしゃぎながら私の両手を振った。 「大丈夫かしら、たい子さんって人、貴女の親友にし...

Jun 12, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その10

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間: 26分04秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (九月×日) 古い時間表をめくってみた。どっか遠い旅に出たいものだと思う。真実のない東京にみきりをつけて、山か海かの自然な息を吸いに出たいものなり。私が青い時間表の地図からひらった土地は、日本海に面した直江津(なおえつ)と云う小さい小港だった。ああ海と港の旅情、こんな処へ行ってみたいと思う。これだけでも、傷ついた私を慰めてくれるに違いない。だけど今どき慰めなんて言葉は必要じゃない。死んでは困る私、生きていても困る私、酌婦にでもなんでもなってお母さん達が幸福になるような金がほしいのだ。なまじっかガンジョウな血の多い体が、色んな野心をおこします。ほんとに金がほしいのだ! 富士山――暴風雨 停車場の待合所の白い紙に、いま富士山は大あれだと書いてある。フン! あんなものなんか荒れたってかまいはしない。風呂敷包み一つの私が、上野から信越線に乗ると、朝の窓の風景は、いつの間にか茫々とした秋の景色だった。あたりはすっかり秋になっている。窓を区切...

Jun 11, 201226 min

林 芙美子 放浪記第二部 その9

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:24分55秒このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (五月×日) 六時に起きた。 昨夜の無銭飲食の奴のことで、七時には警察へ行かなくてはならない。眠くって頭の芯(しん)がズキズキするのをこらえて、朝の街に出てゆくと、汚い鋪道(ほどう)の上に、散しの黄や赤が、露にベトベト濡れて陽に光っていた。四谷(よつや)までバスに乗る。窓硝子(ガラス)の紫の鹿(か)の子(こ)を掛けた私の結い綿の頭がぐらぐらしていて、まるでお女郎みたいな姿だった。私はフッと噴き出してしまう。こんな女なんて……どうしてこんなに激しくゆられ、ゆすぶられても、しがみついて生きていなくてはならないのだろう! 何とコッケイなピエロの姿よ。勇ましくて美しい車掌さん! 笑わないで下さいね。なまめかしく繻子(しゅす)の黒襟(くろえり)を掛けたりしているのですが、私だって、貴女みたいにピチピチした車掌さんになろうとした事があったんですよ。貴女と同じように、植物園、三越、本願寺、動物園なんて試験を受けた事があるんです。近眼ではねられてし...

Jun 10, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その8

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:23分24秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (四月×日) ――その夜 カフエーの卓子(テーブル)の上に 盛花のような顔が泣いた 何のその 樹の上にカラスが鳴こうとて ――夜は辛い 両手に盛られた わたしの顔は みどり色の白粉(おしろい)に疲れ 十二時の針をひっぱっていた。 横浜に来て五日あまりになる。カフエー・エトランゼの黒い卓子の上に、私はこんな詩を書いてみた。「俺くらいだよ、お前と一緒にいるのは……誰がお前のような荒(すさ)んでボロボロに崩れるような女を愛すものか。」 あの東京の下宿で、男は私に思い知れ、思い知れと云う風な事を云うのです。泊るところも、たよる男も、御飯を食べるところもないとしたら、……私は小さな風呂敷包みをこしらえながら、どこにも行き場のない気持ちであった。そう云って別れてしまった男なのに、「お前が便利なように云ってやったんだよ、俺から離れいいようにね。」男は私を抱き伏せると、お前も俺と同じような病気にしてやるのだ。そう云って、肺の息をフウフウ私の顔に吐...

Jun 03, 201223 min

林 芙美子 放浪記第二部 その7

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:23分25秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (八月×日) 海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤(すす)けた小さい町の屋根が提灯(ちょうちん)のように拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える、山は爽かな若葉だ。緑色の海向うにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれていた。 貧しい私達親子三人が、東京行きの夜汽車に乗った時は、町はずれに大きい火事があったけれど……。「ねえ、お母さん! 私達の東京行きに火が燃えるのは、きっといい事がありますよ。」しょぼしょぼして隠れるようにしている母達を、私はこう言って慰めたものだけれど……だが、あれから、あしかけ六年になる。私はうらぶれた体で、再び旅の古里である尾道へ逆もどりしているのだ。気の弱い両親をかかえた私は、当もなく、あの雑音のはげしい東京を放浪していたのだけれど、ああ今は旅の古里である尾道の海辺だ。海添いの遊女屋の行燈(あんどん)が、椿(つばき)のように白く点々と...

May 29, 201223 min

林 芙美子 放浪記第二部 その6

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:24分19秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (七月×日) ちっとも気がつかない内に、私は脚気(かっけ)になってしまっていて、それに胃腸も根こそぎ痛めてしまったので、食事もこの二日ばかり思うようになく、魚のように体が延びてしまった。薬も買えないし、少し悲惨な気がしてくる。店では夏枯れなので、景気づけに、赤や黄や紫の風船玉をそろえて、客を呼ぶのだそうである――。じっと売り場に腰を掛けていると、眠りが足らないのか、道の照りかえしがギラギラ目を射て頭が重い。レースだの、ボイルのハンカチだの、仏蘭西(フランス)製カーテンだの、ワイシャツ、カラー、店中はしゃぼんの泡のように白いものずくめである。薄いものずくめである。閑散な、お上品なこんな貿易店で、日給八十銭の私は売り子の人形だ。だが人形にしては汚なすぎるし、腹が減りすぎる。 「あんたのように、そう本ばかり読んでいても困るよ。お客様が見えたら、おあいそ位云って下さい。」 酸っぱいものを食べた後のように、歯がじんと浮いてきた。本を読んでい...

May 27, 201224 min

林 芙美子 放浪記第二部 その5

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:24分55秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (三月×日) 階下の台所に降りて行くと、誰が買って来たのか、アネモネの花の咲いた小さな鉢が窓ぶちに置いてあった。汚い台所の小窓に、スカートをいっぱい拡げた子供のような可愛い花の姿である。もう四月が来ると云うのに、雪でも降りそうなこの寒い空、ああ、今日は何か温かいものが食べたいものなり。 「お姉さんいますか?」 敷きっぱなしの蒲団の上で内職に白樺しらかばのしおりの絵を描いていると、学校から帰って来たベニがドアを開けてはいって来た。 「一寸! とてもいい仕事がみつかったわ、見てごらんなさいよ……」 ベニは小さく折った新聞紙を私の前に拡げると、指を差して見せた。 ――地方行きの女優募集、前借可……。 「ね、いいでしょう、初め田舎からみっちり修業してかかれば、いつだって東京へ帰れるじゃないの、お姉さんも一緒にやらない。」 「私? 女優って、あんまり好きな商売じゃないもの、昔、少し素人芝居をやった事があるけど、私の身に添わないのよ、芝居なん...

May 22, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その4

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:25分19秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (二月×日) ああ何もかも犬に食われてしまえである。寝転んで鏡を見ていると、歪(ゆが)んだ顔が少女のように見えてきて、体中が妙に熱っぽくなって来る。 こんなに髪をくしゃくしゃにして、ガランスのかった古い花模様の蒲団の中から乗り出していると、私の胸が夏の海のように泡立(あわだ)って来る。汗っぽい顔を、畳にべったり押しつけてみたり、むき出しの足を鏡に写して見たり、私は打ちつけるような激しい情熱を感じると、蒲団を蹴って窓を開けた。――思いまわせばみな切な、貧しきもの、世に疎うときもの、哀れなるもの、ひもじきもの、乏しく、寒く、物足らぬ、はかなく、味気なく、よりどころなく、頼みなきもの、捉(とら)えがたく、あらわしがたく、口にしがたく、忘れ易く、常なく、かよわなるもの、詮(せん)ずれば仏ならねどこの世は寂し。――チョコレート色の、アトリエの煙を見ていると、白秋のこんな詩をふっと思い出すなり、まことに頼みがいなきは人の世かな。三階の窓から見...

May 20, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その3

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:27分40秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (九月×日) 今日もまたあの雲だ。 むくむくと湧き上る雲の流れを私は昼の蚊帳の中から眺めていた。今日こそ十二社(じゅうにそう)に歩いて行こう――そうしてお父さんやお母さんの様子を見てこなくちゃあ……私は隣の信玄袋に凭れている大学生に声を掛けた。 「新宿まで行くんですが、大丈夫でしょうかね。」 「まだ電車も自動車もありませんよ。」 「勿論(もちろん)歩いて行くんですよ。」 この青年は沈黙って無気味な暗い雲を見ていた。 「貴方はいつまで野宿をなさるおつもりですか?」 「さあ、この広場の人達がタイキャクするまでいますよ、僕は東京が原始にかえったようで、とても面白いんですよ。」 この生齧(なまかじ)りの哲学者メ。 「御両親のところで、当分落ちつくんですか……」 「私の両親なんて、私と同様に貧乏で間借りですから、長くは居りませんよ。十二社の方は焼けてやしないでしょうかね。」 「さあ、郊外は朝鮮人が大変だそうですね。」 「でも行って来ましょう...

Apr 26, 201227 min

林 芙美子 放浪記第二部 その2

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:25分26秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら * (六月×日) 烈々とした太陽が、雲を裂き空を裂き光っている。帯の間にしまった二通の履歴書は、ぐっしょり汗ばんでしまった。暑い。新富河岸(しんとみがし)の橋を曲線(カーヴ)しながら、電車は新富座に突きささりそうに朽ちた木橋を渡って行く。坂本町で降りると、汚い公園が目の前にあった。金でもあれば氷のいっぱいも呑んで行くのだけれど、ああこのジトジトした汗の体臭はけいべつされるに違いない。石突きの長いパラソルの柄に頬をもたせて、公園の汚れたベンチに私は涼風をもとめてすずんでいた。 「オイ! 姉さん、五銭ほど俺にくんないかね……」 驚いて振り返って見ると、垢(あか)もぶれな手拭を首に巻いた浮浪者が私の後に立っていた。 「五銭? 私二銭しか持たないんですよ、電車切符一枚と、それきり……」 「じゃア二銭おくれよ。」 三十も過ぎているだろうこのガンジョウな男が、汗ばんだ二銭を私からもらうと、共同便所の方へ行ってしまった。あの人に二銭あげてあの人はあ...

Apr 24, 201225 min

林 芙美子 放浪記第二部 その1

参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間:24分23秒 このブラウザでは再生できません。 再生できない場合、ダウンロードは🎵 こちら 第二部 [#改ページ] (一月×日) 私は野原へほうり出された赤いマリ 力強い風が吹けば 大空高く 鷲(わし)の如く飛びあがる おお風よ叩け 燃えるような空気をはらんで おお風よ早く 赤いマリの私を叩いてくれ (一月×日) 雪空。 どんな事をしてでも島へ行ってこなくてはいけない。島へ行ってあのひとと会って来よう。 「こっちが落目になったけん、馬鹿にしとるとじゃろ。」 私が一人で島へ行く事をお母さんは賛成をしていない。 「じゃア、今度島へお母さん達が行くときには連れて行って下さい。どうしても会って話して来たいもの……」 私に「サーニン」を送ってよこして、恋を教えてくれた男じゃないか、東京へ初めて連れて行ったのもあの男、信じていていいと言ったあのひとの言葉が胸に来る。――波止場には船がついたのか、低い雲の上に、船の煙がたなびいていた。汐風(しおかぜ)が胸の中で大きくふくらむ。 「気持ちのなくなっているものに、さっちついて行く事もないがの…...

Apr 22, 201224 min
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