主の祝福がもたらす豊かさ
2025.7.20 礼拝メッセージ(創世記27–33) 多くの人々は、富や名声に惹かれて依存症の罠にはまります。確かに富も力も人間関係も極めて大切ですが、それらすべてをもたらす方がどなたなのかを忘れてはいないでしょうか?

2025.7.20 礼拝メッセージ(創世記27–33) 多くの人々は、富や名声に惹かれて依存症の罠にはまります。確かに富も力も人間関係も極めて大切ですが、それらすべてをもたらす方がどなたなのかを忘れてはいないでしょうか?
2025.7.6 礼拝メッセージ(Ⅱコリント9:1–5)
2025.6.29 礼拝メッセージ(ローマ15:14–33) イスラエルの民は、全世界に創造主なる神ヤハウェを紹介する「祭司の王国」となるために選ばれました。ユダヤ人は宣教師となるはずでした。
2025.6.22 礼拝メッセージ(創世記18–22) 神がソドムとゴモラを硫黄と火で滅ぼされたこと、また、アブラハムにその子イサクを全焼のささげ物として献げるように命じたという記事は、多くの人にとっての信仰の躓きの石となっています。
2025.6.8 礼拝メッセージ(ローマ15:1–13) 「希望」こそ人に生きる気力を与えます。そして私たちは、「一つの希望にあずかるように招かれた」(エペソ4:4協会共同訳) と言われます。「一つの希望」が何であるかを私たちは本当に理解しているかが問われます。
2025.6.1 礼拝メッセージ(創世記11:27–17) しばしば日本では、一神教信仰が争いの原因になっているかのように紹介されることがありますが、ユダヤ教もイスラム教も私たちの信仰も、すべて一人のアブラハムから始まっています。イスラム教の開祖マホメット自身も、あくまでも「アブラハムに最も近い者、彼のあとに従った者」(コーラン3:67) として紹介されます。ですから、アブラハムの信仰の原点に立ち返ることこそ、世界の和解の鍵になるとも言えましょう。
2025.5.25 礼拝メッセージ(ローマ14:13–23) ローマ書は「手紙」として記されています。手紙は相手の状況を聞いた上で書かれていますが、それを読むのは、あなたが誰かと誰かの電話の会話の一方だけを聞くようなものです。ですからローマ人への手紙を正しく解釈したいなら、当時のローマの状況を調べることはとっても大切です。
2025.5.18 礼拝メッセージ(創世記2:4–3:24) 「神がいるなら、なぜ世界にこのような混乱があるのか?」という疑問を多くの人が抱いています。今回の箇所はそれに対する答えが記されます。
2025.5.11 礼拝メッセージ(ローマ14:1–12) 先日のメッセージでアウグスティヌス (354年~430年) の回心において、「ですから、昼にふさわしい歩み方(昼らしい、品位ある生き方)をしようではありませんか。遊興や酩酊ではなく、また、淫乱や好色でもなく、争いやねたみでもない生き方を。むしろ、主イエス・キリストを着なさい。そして欲望を満たそうなどと、肉の計らいをしてはなりません」(13:13、14) とのみことばが決定的な意味を持ったという話しをしました。
2025.5.4 礼拝メッセージ(創世記1:1–2:3) 人生には、「あれさえ起きなければ、違った展開になったはず……」と思えるようなことが次々と起きますが、聖書にはこの世界の始まりと目的地の両方が記され、私たちの心の目を近視眼的な視点から解放してくれます。
2025.4.27 礼拝メッセージ(ローマ13:8–14) 「The road to hell is paved with good intentions(ドイツ語が原典:Der Weg zur Höllen sey mit lauter gutem Vorsatz gepflastert. 地獄への道は、純粋な良い決心の数々で舗装されている)」と言われます。
2025.4.20 礼拝メッセージ(ヘブル2:5–18) 新型コロナ蔓延のただ中で、「恐怖からの解放者イエス」と題して、ヘブル人への手紙の私訳と解説の本を出版していただきましたが、今回は、326頁の本の要約を30分間でお話しさせていただきます。
2025.4.13 礼拝メッセージ(エゼキエル16) 「どうせ私なんて……やるだけ無駄だ……」という自己嫌悪と絶望感は、多くの人の心の底に巣食っています。また、激しい痛みの中で、人はふと「もう、死んでしまいたい」と願うことがあります。
2025.4.6 礼拝メッセージ(ローマ13:1–7) 歴史上、様々な独裁国家や横暴な支配者が現れましたが、彼らにとって「存在している権威は神によって立てられている」ということばほど都合のよいことばはありませんでした。それがたとえばナチス・ドイツの政権を多くのドイツのキリスト教会が支持した根拠にもなりました。
2025.3.30 礼拝メッセージ(詩篇8) 私たちは小さいときから、「より賢く、より強くなる」ための訓練を積んできました。しかし、人の価値はそのような基準ではかれるのでしょうか?
2025.3.23 礼拝メッセージ(ローマ12:14–21) 人間関係の悩みは、意外に身近な大切な人との関係から生まれます。使徒パウロが、「あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい」と言ったとき、彼にとっての「迫害する者」とは、同胞のユダヤ人でした。
2025.3.16 礼拝メッセージ(詩篇1、2) 昔は、「主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ……その人は……ときが来ると実がなりその葉は枯れない。その人は何をしても栄える」という約束が、仕事の成功と結びついて嬉しく思えました。
2025.3.9 礼拝メッセージ(ローマ人12:1–13) 今日の礼拝で最初に読んだ詩篇40篇6–8節「いけにえも供え物もあなたはお喜びになりません。私の両耳をあなたは開いてくださいました……そのとき申し上げました。『今私はここに来ております。巻き物の書に私のことが書いてあります……みこころを行うことを私は喜びとします。わが神よ……み教えは私の腹の中にあります』」こそ、新約における私たちの礼拝生活を現しています。
2025.3.2 礼拝メッセージ(エレミヤ51、52) 「ユダヤ人は、いつユダヤ人になったのか」(長谷川修一著、2023年NHK出版、1000円)という本が多くの人々に読まれているようです。その答えがエレミヤ書29章10、11節に記された、主の「バビロンに七十年が満ちるころ、わたしは……あなたがたにいつくしみの約束を果たして……この場所に帰らせる……それはあなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」ということばにあります。
2025.2.23 礼拝メッセージ(ローマ11:25–36) 多くの人々は回心の体験と聞くと、「真理を真面目に探究した結果、また自分の人生に深く悩んだ結果、イエス様以外に救いはないということを発見できた」というイメージを抱きがちです。
2025.2.16 礼拝メッセージ(エレミヤ49、50) 日本の組織の硬直性を描いた名著に「失敗の本質―日本軍の組織的研究」があります。そこで「成長期には異常な力を発揮するが、持久戦にはほとんど敗者復活ができない。成長期には、組織的欠陥はすべてカバーされるが、衰退期にはそれが一挙に噴出してくる」という結論が記されています。
2025.2.9 礼拝メッセージ(ローマ11:16–24) 私たちの教会では、旧約聖書の物語の全体像を理解することに力を注いでいます。数千年前のイスラエルの歴史が、21世紀に生きるアジアの東の島国に生きるクリスチャンに何の関係があるのかと思う方がいるかもしれませんが、今日の箇所では、「あなたが自然によるオリーブの木から切り取られ、自然に反して、栽培された(良い)オリーブに接ぎ木された」(11:24) と記されています。
2025.1.26 礼拝メッセージ(エレミヤ45–48) 歴史は神の物語である (History is His story) という見方があります。しかし、それはときに社会的弱者に一方的な忍耐を強いることばにもなります。
2025.1.19 礼拝メッセージ(ローマ11:1–15) キリスト教の歴史の中で、ユダヤ人はイエスを十字架刑に追いやった異端者として罵られ、迫害を受け続けてきました。その結末がナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅計画でした。
2025.1.12 礼拝メッセージ(伝道者の書9–12) 北海道大学のキャンパスには、建学の基礎となったクラーク博士の銅像が飾られ、そこに彼の別れのことばが、「Boys, be ambitious(青年よ、大志を抱け)」と記されています。それは自分の小さな殻に閉じこもることなく、神の広い恵みの世界にはばたいて、神と人とのために生きることを意味します。
2025.1.5 礼拝メッセージ(伝道者の書3–9) ビートルズのジョン・レノンは1980年12月8日にニューヨークで暗殺されましたが、その三日前に、間もなくリリースされる「ウーマン」という曲に関して、「女性が僕たちのために何をしてくれるのかが分かったんだ。ヨーコが僕のためにしてくれることだけではなく、すべての女性がしてくれることを」と語っています。
2025.1.1 礼拝メッセージ(伝道者の書1–3) この書は、「エルサレムの王、ダビデの子、伝道者のことば」と最初に紹介されており、伝統的にダビデの子、ソロモン王によって今から三千年近く前に記されたと言われます。
2024.12.29 礼拝メッセージ(エレミヤ42–44) 現代の多くの信仰者も、「私にとっての神のみこころは何でしょう……」と真剣に尋ねることがあるでしょう。しかしそれが示されたときに、それに従う用意ができているでしょうか。
2024.12.22 礼拝メッセージ(マタイ1:1–25節) 「約束」という漢字には、糸を引き締めた目印を付け、木を束ねて縛るという意味が込められています。つまり、「約束」には互いを束縛する取り決めを忘れないようにするという意味があるのです。
2024.12.15 礼拝メッセージ(ローマ10:14–21) パウロがこの手紙を書いたときの「聖書」とは、旧約聖書しかありませんでした。そこではイスラエルの民が神の民の共同体として整えられるための律法がありました。特に当時は、「安息日を守る」ことや食物律法を守ること、また様々な「汚れ」から「清められる」ための手続きが何よりも大切にされました。